さとやま学校だより13号「山菜・野草の食文化」

  檜原村に通うようになって、山菜・野草を食べる機会が増えました。
 都会の人は、お金を出して買う野菜は価値があるけれど、野山で取れるものはたいしたものではないと思ったりするのですが、実際、山菜・野草を食べてみると、その考えは間違っていると確信しました。
 それぞれの山菜・野草には個性的な独特な風味があって、むしろ高級食材のような深い味わいがあります。いつのまにか、山菜が食べられる春が待ち遠しく感じるようになりました。
 山菜・野草は、日本に元々自生していた植物です。八百屋さんで売っている野菜のルーツのほとんどが奈良時代以降に海を渡ってきた外来種であり、品種改良によって味も変化してきたのに対し、山菜・野草は縄文時代から、人々の食生活に深く関わっていました。江戸時代には、飢饉の時の救済作物としても重宝したという記録があります。山菜・野草は、まさに、わたしたちの食文化の原点と言えるのでしょう。
 当NPOでは、山菜料理会などを実施して、地元の方に食べ方を教えて頂く機会を設けてきました。そうすると、あらびっくり。今まで見過ごしてきた美味しい山菜・野草が、ごく身近な場所にもあるのに気づくようになりました。私たちの畑の回りでも、ノビル、セリ、ヤツバ、ミツバ、ヨモギなどがいつのまにか生えています。
 畑の隅で毎年顔を出すフキやヤマウドは、元々山野に生えていたものの根っこを住居近くに移植して増やしたものでしょう。この方法は、檜原村の方にも教えていただきましたが、万葉集の頃にも行われていたようです。いつの時代も自然の恵みが絶滅しないように、人々がとても気を配ってきたことが解ります。
 道端に繁茂しているイタドリなど、今まで雑草と思っていたのですが、適切に調理するととてもおいしく変身することを知りました。知識がなければ、ただの雑草と思えるものの中に、実は美味しくて栄養価も高いという植物は、まだまだありそうです。
 しかし、野草の中には死に至らしめるような強烈な毒草もありますから、やみくもに食べてみるというのは、非常に危険な行為です。匂い、手触り、ちょっとした葉の形の違いも見逃さない注意深さなど、山菜採りには、五感を研ぎ澄ます必要があります。そんな感覚を鍛えていくことが、自然と共生する里山暮らしに必要なのだということが、だんだん解ってきました。
 また、山菜・野草について調べて行くと、それぞれの薬効の
高さにも驚きます。医者もいない時代、病気治療や健康管理に人々がどのように植物を利用してきたか等、山菜・野草利用の世界は奥深そうです。NPOの活動を通して、もっともっと学んで行きたいと思います。(川上玲子)